『告白の記録』
小学校高学年の春。校庭の桜が、風に吹かれてはらはらと舞っていた。薄紅色の花びらが、まるで雪のように二人の間を通り過ぎていく。放課後、誰もいなくなった遊具の前で、ユウマはランドセルを背負ったまま、カオルの前に立っていた。カオルは、結び直したポニーテールのゴムを指先でいじりながら、少しだけ不思議そうな顔でユウマを見つめている。
「……なに? 急に呼び出して。」
ユウマは、手のひらにじっとりとにじむ汗を、ズボンの裾でそっと拭いながら言葉を探していた。ふざけたり、馬鹿なことを言ったりするのは得意だ。だが、こんな風に真剣な感情を伝えるのは、生まれて初めての経験だった。
「えっと……その……俺さ、カオルのこと、好きなんだ。」
カオルは、ユウマの言葉に目を見開いた。驚きと、ほんの少しの戸惑いがその瞳に浮かび、そしてすぐに、その視線を下へとそらす。
「……そっか。ありがと。」
その言葉は、柔らかく優しい響きを持っていた。だが、ユウマにはどこか遠く、手が届かない場所にあるように感じられた。
「でもね、ユウマ。私、もっと大人になってからじゃないと、そういうの考えられないかも。」
ユウマは、その言葉に、少しだけ自嘲気味に笑って「そっか」と短く答える。それが、ユウマにとっての初めての告白であり、初めての失恋だった。
中学に入ってからも、ユウマの気持ちは変わることがなかった。部活帰りの夕暮れ、蛍光灯の下でテスト勉強に励む合間、文化祭の準備で賑わう教室。ユウマは何度も、カオルに告白するタイミングを探し続けた。「カオル、俺さ、やっぱりお前のこと好きなんだよ。」
「……また? ほんと、懲りないよね。」
カオルは、呆れたような表情を浮かべて、くすりと笑う。だが、その笑顔はどこか照れくさそうに、下を向いていた。
「……ユウマのそういうところ、嫌いじゃないけど。……でも、私の理想って、もっと上なの。ごめんね。」
ユウマは、その度に「そっか」と笑いながら、その言葉を受け入れた。振られることには慣れていた。だが、カオルの言葉の端々に、決して冷たい拒絶ではない、ほんの少しの優しさが含まれていることも知っていた。
完全に拒絶されているわけじゃない。でも、一歩も前に進めない。届いているようで、届かない。それが、ユウマの中でずっと続いていた、もどかしい感情だった。
(……俺は、カオルの“理想”じゃない。でも、“隣”にはいたいんだ。)
そう思いながら、何度も告白して、何度も断られて。それでも、ユウマの決意は揺らぐことがなかった。
カオルのポニーテールが風に揺れるたびに、ユウマの心も、いつまでも同じ場所で揺れ続けていた。
『すれ違いの通学路』 朝の通学路。まばゆい朝日が、アスファルトの上に二人の影を長く落としていた。和泉ユウマと天宮カオル。家が近所な二人は、小学校からずっと一緒だった。登校も下校も、放課後も、気がつけばいつもお互いの隣にいた。ユウマにとって、カオルの存在は、あまりにも当たり前すぎる日常だった。
「なあ、今日の英語、ヤバいかも。カオル、また教えてくれよ。」
ユウマが、朗らかに笑いながら言うと、カオルはちらりと横目で見る。ポニーテールに結われた髪が揺れ、その表情はいつものように少しツンとしている。
「……自分でやりなよ。いつも頼ってばっかじゃん。」
「えー、冷たっ。昔は“しょうがないなぁ”って言ってくれたのに。」
「昔は昔。今は高校生でしょ。」
その言葉に、ユウマは少しだけ違和感を覚えた。カオルの声は、いつもよりも冷たく、まるで自分との間に見えない壁を作っているかのようだった。
それは、ごく最近になって急に始まったことだった。高校二年生になってから、カオルは少しずつ、だが確実に変わってきている。文句を言いながらも、最終的にはユウマの勉強を見てくれた。しかし、今ではもうそれさえもなくなった。
一緒に帰るはずの放課後、先に帰ってしまうことが増えた。昼休みも、女子の賑やかな輪の中にいることが多くなり、ユウマが話しかけても、どこか素っ気ない。
「……なあ、カオル。最近、なんか冷たくない?」
ユウマが、勇気を振り絞って尋ねたのは、ある曇り空の朝だった。二人で並んで歩く道。いつものように続く道のはずなのに、空気はどこか重く、張りつめていた。
カオルは、ユウマの言葉に少しだけ足を止めると、前を向いたまま答えた。
「……別に。冷たくしてるつもりなんてないし。」
「でもさ、前みたいに一緒に帰ったり、遊んだりしないじゃん。」
「……ユウマって、ほんと鈍いよね。」
その言葉に、ユウマは返す言葉を失った。カオルは、自分のポニーテールの毛先を指でいじりながら、少しだけ顔をそむけた。
「……私だって、変わるんだよ。いつまでも子供じゃない。」
「……俺は、変わってないけどな。カオルと一緒にいるの、ずっと楽しいし。」
カオルは何も言わなかった。ただ、すっと前を向いて、少しだけ早足で歩き出す。ユウマは、その背中をただ見つめることしかできず、追いつくこともできずにいた。
変わらないはずだった日常が、少しずつ形を変えていく。それは、どちらかが悪いわけじゃない。ただ、成長とともに避けられずに訪れる“すれ違い”だったのかもしれない。
でも、ユウマの中には、決して変わらないものが一つだけあった。
(……俺は、カオルが隣にいるのが好きなんだよ。)
その純粋な想いだけが、まだ幼い頃と何も変わらず、ユウマの胸の奥に強く残っていた。
『理想の距離』 放課後の校舎裏。冷たいコンクリートの壁に、夕陽が長い影を落としていた。風が吹くたびに、カオルのポニーテールがさらりと揺れる。彼女は、スマートフォンの画面を指でなぞりながら、ユウマの言葉を聞いていた。「好きだ」と告げられた瞬間、彼女は画面から視線を外し、深く、長いため息をつく。それは、もう聞き飽きた言葉に対する、心の底からの疲労を示すようだった。
「……もぉ……また? ほんと、懲りないよね。」
その声は乾いていた。感情の起伏を抑え込んだような、冷たい響きが校舎の壁に反響する。
「はぁ、根性だけはあるよね、あんた。」
カオルはポケットにスマートフォンをしまい、ユウマを見下ろすように視線を向けた。その瞳には、かつての親しみや温かさは微塵もなかった。ただ、感情をなくした人形のような、虚ろな光だけが宿っている。
「でもさ、もうやめたほうがいいよ。」
その言葉は、研ぎ澄まされた刃のように、静かにユウマの胸に突き刺さる。
「私、今好きな人いるし――正直、あんたとはレベルが違うの。顔も、雰囲気も、将来性も。全部、比べるまでもないし。もう、そういうのって……迷惑なの。」
ユウマは、何も言い返せなかった。言葉を探すよりも先に、心が深く沈んでいくのを感じた。心臓を鷲掴みにされたかのような苦しさが、彼の全身を支配する。
そうだよな……。小学校に入る前から、放課後には公園で二人きりで遊び、互いの家を行き来した。一緒にお風呂に入ったこともあったし、隣に並んで眠りについた夜も一度や二度じゃない。小学校も中学校も、毎日のように顔を合わせ、他愛のない話をして、仲良く過ごしてきた。 しかし、俺から離れていったのは、拒絶したのは、カオルの方じゃないか。俺の告白をはっきりと断り、そして一年上の先輩と付き合い始めたのは、他でもない彼女自身だ。今だって、その彼氏と仲良くしているのだろう。勝手に俺を遠ざけておいて、今さら、まるで何事もなかったかのように、気まぐれで仲良くしようとするなよ。俺の心は、そんなに都合のいいものじゃない。俺はそう心の中で叫んでいた。 これまでの彼女の言動が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。昔は「結婚してくれる?」と無邪気に問いかけてきたくせに、大きくなったら「理想が高いから」と告白を断り、そして「あんたとはレベルが違う」と俺の全てを否定した。散々、俺の心を弄んでおいて、今さら何なんだ。 振り払った手に残る、わずかな彼女の体温。それが、かつての温かさを思い出させ、同時に、今の彼女の冷たさを際立たせる。俺は、もう昔の俺じゃない。彼女に都合よく振り回される俺じゃない。そう心に誓いながら、校舎の出口へと、一歩、また一歩と足を進めた。背後から、カオルの呆然とした表情が目に浮かぶようだったが、俺は振り返らなかった。もう、彼女の顔を見ることに、意味はない。俺は、もう二度と、彼女の隣を歩くことはないだろう。 数日後、俺はまたしても校舎裏の茂みの中にいた。誰にも見つからないように身を隠しながら、ふと聞こえてきた女友達たちの噂話に耳を傾ける。どうやら、カオルについて話しているらしい。 「ねぇ、知ってる? カオルちゃんと付き合ってる先輩って、すっごいお金持ちで、しかも超イケメンなんだって」 「やっぱりねー。あんなモテる先輩なんだから、言い寄ってくる女なんて山ほどいるよね」 その言葉に、俺の胸はざわついた。どうやら、カオルが付き合っている先輩は、お金持ちで美形。当然ながらモテることは、俺も知っていた。カオルが言っていた「理想」そのものだ。だからこ
彼女のスカートは無残にも捲り上げられ、下着は太ももに食い込むように下げられている。いつもは制服に隠された、小ぶりで可愛らしい胸が、男の身体が打ち付けられるたびに、ぷるんと震える。その光景が、俺の心に深く刻み込まれていく。 ぺちゅ、ぺちゅ、と肉がぶつかり合う音が、俺の鼓膜を激しく叩く。カオルは、もう、ほとんど意識が飛んでしまっているかのようだ。頭を後ろに反らし、瞳を閉じて、快楽に身を任せている。 「ああぁっ、んんっ、んぅ……」 腰が何度も激しく突き上げられるたびに、彼女の白い太ももがぴくん、と跳ね、割れ目から男のものが抜けては、ねちゅ、ねちゅ、と湿った音を立てて再び挿入されていく。俺は、その光景から目が離せなかった。不快感と、どうしようもない興奮が、俺の体を支配していく。今まで見たことのない、淫らに開かれた彼女の姿に、俺の息子は熱を帯び、硬く膨張していった。 俺は、カオルが快感に喘ぐ姿を見ながら、自分の息子を握りしめ、ゆっくりと上下に動かし始めた。 ぺちゅ、ぺちゅ、と聞こえる音に合わせるように、自分の手も動かしていく。俺の好きな人が、他の男に抱かれている。その事実が、俺の理性を焼き尽くし、ただただ、本能的な快楽だけを求めていた。 俺の視線は、カオルと先輩の絡みつく身体から離れることができなかった。不快だったはずなのに、いつの間にかそんな感情は快感に塗りつぶされていた。カオルが快楽に喘ぎ、目を蕩けさせるたびに、俺の心臓は激しく高鳴る。 「んっ、あ……ぁあ、んん……」 か細く甘い喘ぎ声が聞こえるたびに、俺は自分の熱を持った息子を、無我夢中で扱いた。カオルの胸が揺れ、腰がぴくんと跳ねるたびに、俺の手つきはさらに激しくなる。 何度も、何度も、頭の中ではカオルが俺に抱かれている妄想が駆け巡っていた。先輩の代わりに、俺がカオルの身体を突き上げ、彼女の喘ぎ声を独り占めしている。そんな現実とは違う世界を思い描くことで、俺の興奮はさらに高まっていった。 そして、俺の理性はついに崩壊した。熱いものが込み上げ、視界が白く染まる。ドクドクと脈打
しばらくすると、「ちゅ、ちゅ……」という、リップ音が微かに聞こえ始めた。そして、次第にそれは熱を帯びていき、「ん、んんっ……。 や、やぁ……。 はぁ、はぁ……。 んっ、ダメ……やっ……。 あ、あっ……」という、拒否しつつも甘く蕩けるような吐息が漏れ聞こえてくる。心臓がドキドキと早鐘のように打ち始めた。まさかこんな場所で……と、こっちまで妙に興奮してくるじゃないかよ。 俺は、そんな気分じゃ全然ねーのに……。自嘲気味にそう思い、また一つ、深く溜息をついた。 俺ことユウマは、壁に寄りかかったまま、視線を足元に落としていた。聞きたくない。見たくもない。そう心の中で繰り返すのに、耳は嫌でも二人の吐息や、甘く交わされる言葉を拾ってしまう。 「んっ……。 や、だめ、見つかっちゃう……。ここ、学校……だよ……んっ……」 女の人の、か細く震えた声が聞こえる。男の声は聞こえない。だが、女の人が小さく息を飲んだ後、控えめなリップ音が聞こえ始めた。ちゅ、ちゅ、と、まるで小さな魚が水面を啄むような、柔らかな音だ。そして、それが次第に粘つきを帯びて、じゅ、じゅ、と水音が響くようになる。それは、ただのキスではない。舌を絡め、お互いを求め合うような、湿った音だ。 やがて、キスをする音に混じって、愛撫が始まったのだろう、女の人の喘ぎ声が聞こえてきた。はぁ、はぁ、と熱のこもった甘い吐息が、風に乗って俺の元へと運ばれてくる。 「んんっ、あ……やだぁ、そこ……だめ……あぁ……」 喘ぎ声は、途切れ途切れで、甘く、そしてどこか切実さを帯びている。スカートの中に手が入れられたのか、生地が擦れるガサガ
カオルは、ポニーテールの毛先を指でくるくるといじりながら、少しだけ冷ややかに笑った。その笑みは、ユウマに向けた優しさではなく、諦めに近いものだった。「まあ……あんたのこと、嫌いじゃないよ? 昔から一緒にいたし、一緒にいて気楽だし。でも、“恋愛対象”にはならないの。だって、私の理想ってもっと上だからさ。」 その言葉は、あまりにも決定的だった。それは、これまでユウマが抱き続けてきた、淡い“可能性”の全てに、冷たい蓋をするようだった。 カオルはユウマに背を向けて歩き出す。夕暮れの風に、制服のスカートがひらひらと揺れ、彼女の背中がどんどん遠ざかっていく。そして、ほんの少しだけ、肩越しに振り返った。「……いつまでも夢見てないで、現実見たら? あんたには、もっと似合う相手がいると思うよ。それは、私じゃないよ……」 その一言は、優しさのようでいて、ユウマの心に深く傷を残す、残酷なものだった。ユウマは、ただその場に立ち尽くし、彼女の小さな背中が校門へと消えていくのを、見送ることしかできなかった。 夕陽が、彼の影を長く長く引き伸ばしていた。まるで、決して届くことのない、二人の間の距離をなぞるように。 何となく察してはいた。急に素っ気なくなり、俺と距離を置き始めたカオルの様子に、胸の奥がきゅうと締め付けられるような予感が芽生えた。周りの女子たちのひそひそ話も、その予感を裏付けるように俺の耳に届く。 どうやら、相手はひとつ上の先輩らしい。カオルが以前、嬉しそうに話していた「美形でお金持ちの先輩」という噂の人物だ。そして、しばらくして女子の友達経由で、二人が付き合い始めたという決定的な情報が耳に入ってきた。 その噂を聞かずとも、浮かれて上機嫌なカオルを見れば、すべてを悟ることができた。彼女は、周りの女子の友達に、少し得意げに、そしてはにかむような笑顔で、新しい彼氏のことを話しているのが聞こえてくる。彼がどれだけお金持ちで優しいか、どこへ連れて行ってもらったか、どんなプレゼントをもらったか。その幸せそうな声が、俺の心に小さな棘を刺していくようだった。 俺は、最後の告白以来、カオルとは一度も話をしていない。顔を合わせることも避けていた。あの冷たい視線が忘れられなかった。はっきりと、「あんたとはレベルが違うの。顔も、雰囲気も、将来性も。全部、比べるまでもない」と、まるで俺
『告白の記録』 小学校高学年の春。校庭の桜が、風に吹かれてはらはらと舞っていた。薄紅色の花びらが、まるで雪のように二人の間を通り過ぎていく。 放課後、誰もいなくなった遊具の前で、ユウマはランドセルを背負ったまま、カオルの前に立っていた。カオルは、結び直したポニーテールのゴムを指先でいじりながら、少しだけ不思議そうな顔でユウマを見つめている。「……なに? 急に呼び出して。」 ユウマは、手のひらにじっとりとにじむ汗を、ズボンの裾でそっと拭いながら言葉を探していた。ふざけたり、馬鹿なことを言ったりするのは得意だ。だが、こんな風に真剣な感情を伝えるのは、生まれて初めての経験だった。「えっと……その……俺さ、カオルのこと、好きなんだ。」 カオルは、ユウマの言葉に目を見開いた。驚きと、ほんの少しの戸惑いがその瞳に浮かび、そしてすぐに、その視線を下へとそらす。「……そっか。ありがと。」 その言葉は、柔らかく優しい響きを持っていた。だが、ユウマにはどこか遠く、手が届かない場所にあるように感じられた。「でもね、ユウマ。私、もっと大人になってからじゃないと、そういうの考えられないかも。」 ユウマは、その言葉に、少しだけ自嘲気味に笑って「そっか」と短く答える。それが、ユウマにとっての初めての告白であり、初めての失恋だった。 中学に入ってからも、ユウマの気持ちは変わることがなかった。部活帰りの夕暮れ、蛍光灯の下でテスト勉強に励む合間、文化祭の準備で賑わう教室。ユウマは何度も、カオルに告白するタイミングを探し続けた。「カオル、俺さ、やっぱりお前のこと好きなんだよ。」「……また? ほんと、懲りないよね。」 カオルは、呆れたような表情を浮かべて、くすりと笑う。だが、その笑顔はどこか照れくさそうに、下を向いていた。「……ユウマのそういうところ、嫌いじゃないけど。……でも、私の理想って、もっと上なの。ごめんね。」 ユウマは、その度に「そっか」と笑いながら、その言葉を受け入れた。振られることには慣れていた。だが、カオルの言葉の端々に、決して冷たい拒絶ではない、ほんの少しの優しさが含まれていることも知っていた。 完全に拒絶されているわけじゃない。でも、一歩も前に進めない。届いているようで、届かない。それが、ユウマの中でずっと続いていた、もどかしい感情だった。(……俺
『公園の約束』 春のやわらかな風が、ブランコの鎖をきぃきぃと寂しげに鳴らしていた。夕暮れの公園には、もう誰の姿もない。遊具が地面に落とす影は長く伸び、空は少しずつ、茜色に染まり始めていた。まるで、今日という一日が終わってしまうことを惜しむかのように、淡く滲むグラデーションが広がっている。「ねぇ、ユウマくん!」 カオルの甲高い声が、広々とした芝生の上に響いた。ポニーテールにするにはまだ短い、真っ黒な髪を、細いピンで懸命に留めている彼女は、火照った赤い顔でユウマの背中を追いかけてくる。少し開いた口から漏れる白い息が、春の冷たい空気に溶けていった。「んー? なにー?」 ユウマは、滑り台のてっぺんに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。茶色がかったくせ毛が、風にふわりと揺れる。その視線はどこか遠く、今目の前にある現実とは別の場所にいるかのようだった。 カオルは彼の隣にちょこんと座ると、両手を膝の上に置いて、小さな指をぎこちなくもじもじと動かす。何度も胸の中で繰り返した言葉。何度も言おうとして、結局喉の奥に引っ込んでしまった言葉。でも、今日こそは、そう強く決心していた。「ねぇ、ユウマくん……大きくなったらさ、あの……結婚してくれる?」 その言葉は、風に乗ってふわりと滑り台の上を漂った。カオルの頬は夕焼けの色にも勝るほど真っ赤で、その瞳は、嘘偽りなく真っ直ぐにユウマを見つめている。彼女の心臓は、ドクドクと鼓動を速め、耳の奥で激しく鳴り響いていた。 ユウマは、ぽかんと口を開けて彼女を見つめる。そして、少しだけ、くしゃりと笑った。「えー? 結婚? それって、大人がするやつでしょ?」「うん、でも、わたし、大人になったらユウマくんと結婚したいの!」 カオルは、きらきらと目を輝かせて言った。その瞳には、ユウマの言葉を疑う気持ちも、自分の気持ちに迷う心もなかった。ただ、ユウマのことが好きだから。ただ、ずっと一緒にいたいから。それだけだった。 ユウマは、少し考えるふりをして、再び空を見上げた。そして、子供特有の無邪気な残酷さで、ふいっと肩をすくめた。「んー、わかんない。俺、サッカーのほうが楽しいし。」 カオルの顔から、一瞬だけ笑顔が消え、影が差した。しかし、彼女はすぐに、太陽のような明るい笑顔を取り戻す。その笑顔の裏に隠された、ほんの少しの寂しさなど、ユウマ